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押し入れの天袋に見知らぬ女が居着く
民家に忍び込んだとして、福岡県警粕屋署は28日、住所不定、無職堀川タツ子容疑者(58)を住居侵入の疑いで現行犯逮捕した。押し入れの天袋にマットレスが持ち込まれており、同署は数カ月間隠れ住んでいた疑いもあるとみている。堀川容疑者は「住む所がなかった」と話しているという。

調べでは、堀川容疑者は28日午後3時ごろ、同県志免町の無職男性(57)宅に侵入した疑い。
男性は一人暮らし。家の中で食べ物がたびたびなくなったことから、何らかの反応があると画像を携帯電話にメールで送る仕組みの警報装置を設置。28日午後に外出した際、家の中で人が動き回る画像が携帯に送られてきたため110番通報した。駆けつけた粕屋署員が、天袋に隠れていた堀川容疑者を見つけた。

同容疑者は以前にも男性宅に侵入したことがあるらしい。天袋にはペットボトルなども持ち込まれていたという。


こんな感じだったら和むんだがなぁ。
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「憧れの女性チェック」やってみました。

まず、ロリコン属性評価ですが、**********さんの場合大人な女性が好みなようです。一般的な男子としては普通です。

次に知的属性評価ですが、かなり知的な女性が好きなようです。
クイズ番組で難しい問題に答える女性がかっこいいと思う傾向があります。

そして、かなり明るい女性が好みなようです。
服装も割と派手な感じが好きな傾向があります。
女性の胸に関しては、おっぱいと結婚すれば?と一度は言われたことがある人です。
温泉番組は欠かさず見るタイプです。

さて、見た目からみた性格的な傾向ですが、ちょっときつい感じの女性が好きなようです。おっとりよりもハッキリしている女性に憧れています。
外見的な部分で言うと、スタイルの良い女性が好きなようです。
髪型にとくにこだわりはなさそうです。髪型以前におっぱいでしたね…。


うむぅ、おっぱい星人ではないが、それ以外は当たってる・・・・・
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友人が開催したポジャギ展に行ってきました。
前回は横浜の関内で。今回は神楽坂です。

会場の入り口です。地下鉄東西線の神楽坂駅から徒歩1分。
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お客様の入場です。
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会場の全景。都心にこういう場所があるのに驚きです。
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隣接はマンションです。
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前の道を走るタクシーは、飯田橋方面から。飯田橋まで徒歩10分くらいです。
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ファミマの隣りの緑あふれる場所が会場です。
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肝心の作品が展示されてる様子を一枚だけ。
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by minami18th | 2008-05-18 12:13 | 砂に足跡
最近の気になる日本の歌手が二人。

福原美穂とSuperfly。
福原美穂はマライヤ・キャリーみたい。
Superflyってジャニス・ジョプリンを想起させる060.gif

Perfumeはあまり気にならない・・・・
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a0006144_1115345.jpg失恋とともに、すべての財産と声を失ったヒロイン。残ったのは祖母から受け継いだ「ぬか床」だけ。故郷に帰って、一日一組だけのお客だけに料理を出す、「食堂かたつむり」を始める。

すごい小説です。なにしろ文章がシンプルで美しい。
そういえば文章がきれいだなんて思ったのは久々な気がする。
ヒロインが作る料理の味を想像しましょう。小説の中のお客さんと一緒に食べてみよう。
小説だからこそ可能な素敵な食堂。
これは読んで幸せな気持ちになれる、希有な作品です。
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ウィンドシンセサイザーEWI4000S修業中。
下手でもなんでも、昨日できなかったことが今日できたのはうれしいものだ。
キーCで吹くのがやっとではあるが、必要に迫られてキーGで吹く。
思えばCとは一ヶ所違うだけなので、なんとかなった。これもうれしい。
そう考えると、Fもなんとかなりそうだが、まだ挑戦はしていないが。
トランスポーズ機能と併用してゆけば、けっこうできそうだなぁと思う。
少しずつだが、譜面を見て反射的に指が動くようになってきた気がする。
センスある演奏にはほど遠いが、わずかな進歩が自分にはうれしいのだ。
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by minami18th | 2008-05-10 16:24 | EWIな日常
「脊(せい)くらべ」(作詞:海野厚 作曲:中山晋平)
  柱のきずはをととしの
  五月五日の脊(せい)くらべ
  粽(ちまき)たべたべ兄さんが
  計(はか)つてくれた脊(せい)のたけ
  きのふくらべりや何(なん)のこと
  やつと羽織(はおり)の紐(ひも)のたけ

  柱に凭(もた)れりやすぐ見える
  遠いお山も脊(せい)くらべ
  雲の上まで顔だして
  てんでに脊(せい)伸してゐても
  雪の帽子(ぼうし)をぬいでさへ
  一はやつぱり富士の山


「せいくらべ」の作詞者・海野厚は1896年(明治29年)8月12日、静岡市曲金で7人兄弟の長男として生まれた。
「柱のきずはおととしの 五月五日のせいくらべ・・・」
どうしてきずは一昨年で、昨年のきずはないのか。
そこには、結核と闘い死に至った兄の物語があった。

海野春樹(88)(元大阪芸術大教授)が中学生になったばかりの1925年(大正14年)5月20日、兄の厚(本名・厚一)はこの世を去った。

 その朝、春樹少年に母親が頼み事をした。「春ちゃん、朝ごはんを作ったから、厚兄さんの所に届けてちょうだい」。春樹より17歳年上の兄・海野厚(1896〜1925年)は近所で結核の病床にあった。だが弟は不機嫌。母の頼みを聞かず、家を出てしまった。静岡から東京・目黒に越してきたばかり。春樹少年の気持ちは華やかで見るものすべてが新鮮な都会の風景に向いていたのだ。

大久保あたりをうろついていた午前10時ごろ兄が死んだ。28歳と10ヶ月の命だった。「なぜあの時、弁当を届けなかったか。」春樹の心には悔やんでも悔やみきれない気持ちが残ったという。

厚は中学(旧制)卒業後、上京し早稲田大学文学部へ入学した。
最初は俳人志望であったが、童謡雑誌「赤い鳥」へ童謡詩が掲載されるようになり、童謡作詞家へと転身してゆく。
厚はたびたび故郷に帰って弟妹の背を測ってやったといわれる。しかし昨年は帰省することができなかった。東京で肺結核にかかり病床の身であったからだ。厚は19歳で故郷・静岡市を離れて上京しているが、この詞が「おととし」なのは、作詞当時、実際に2年間帰郷できなかった事実があったからである。

東京で俳句や童謡の世界にのめり込み、雑誌編集などに没頭していた厚は、病弱だったこともあり1919年を最後に帰郷していない。中山晋平が曲をつけてレコード化されたのが1923年5月だから、作詞したと推定される1922年か23年、詩人はちょうど東京で「静岡に住む弟は、この2年でどれだけ大きくなったろう?」と想像する状況にあったわけだ。

モデルが末弟の春樹だったという根拠は、歌詞の6行目「羽織の紐(ひも)のたけ」にある。長兄の厚には3人の妹と3人の弟がいたが、春樹氏によれば「末弟の私は小学生3、4年生で、ちょうど羽織の紐が気になる年ごろだった。そして、その年齢の子供が2年で伸びる身長が、まさに羽織の紐の長さと一致するんです」。
19歳で上京した厚にとって、17歳下の春樹は特別な弟だった。共に暮らす期間が短く、弟の成長を帰省の度の楽しみにしていた。それだけに2年も帰れなかったことが「弟も寂しがっているだろう」という気持ちをつのらせ、『背くらべ』創作へとつながったのだという。

一番の作詞から4年経って、中山晋平は厚を元気付けるために二番の詩を作らせた。この歌は真実を背景にしているだけに、実は1番だけで完結していたが、レコードに吹き込む際、中山晋平の要望で二番が付け加えられた。『背くらべ』掲載の「子供達の歌第3集」が出版された時、厚自身が「場合によっては1節の歌だけで十分と思ひます」と注釈をつけている。

病床で二番の詩を書き終えた厚だったが、1925年5月20日、天才は逝った。28才の短い生涯だった。富士山を見ることも、大好きな弟妹たちのせいくらべもしてあげることも二度とできなかったのである。

追加された2番は単なる空想ではない。静岡市曲金の厚の生家からは、実際に富士山が望めた。そして左に見える龍瓜(りゅうそう)山と右にそびえる富士山は、現実に背くらべをしていたのだ。

厚の生家に近く、彼も通った静岡市の西豊田小学校の校舎からは、富士山と龍瓜(りゅうそう)山の背くらべを昔のまま望むことができる。厚らが通った西豊田小学校の校舎わきには、「せいくらべ」の碑と厚の顔が描かれた大きな絵が掲げられているという。
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昨日は吉田橋のマジックバー「Hearts」へ。
テーブル席で好きなものを飲み、その後カウンターへ移動。
約45分のマジックショーが行なわれます。
カードマジック中心に大いに楽しませてくれます。
一人4000円ですが飲み放題を含んでの料金。
けして高くはないですね。
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