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「ジョッキー」(松樹剛史)

a0006144_1333885.jpg財布は空っぽ、乗る馬にも恵まれず、さえない毎日を送る青年騎手・八弥(はちや)。それでも夢を忘れない彼に、ケタ外れの新馬に騎乗のチャンスが訪れた。しかしそこには、意外な落とし穴があった。エリート騎手との対決、目標であった先輩騎手の失踪、大馬主の横暴、そして競馬担当の女子アナとの間に芽生えた恋。様々な思いを抱え、彼は天皇賞の大舞台を疾走する。
第14回小説すばる新人賞受賞作。


私は競馬をやりません。競輪はもちろん、パチンコとかのギャンブルもやりません。
父親が麻雀荘を経営してたので、麻雀は打てますが、博才が無いことは大いに自覚してます。ささやかなイカサマ技もいくつか身につけてましたが、全自動卓になった今、役に立ちはしません。

だからレース展開だとか、脚質による馬の有利不利だとか、ハンデ戦の仕組みだとか、レース名だとか、特別登録だとか、競馬の専門用語や仕組みの知識はまったくわかりません。

でもそんな私でも、十分に楽しめた小説でした。競馬の知識のある人なら、なお一層楽しめるでしょう。実際に馬に触れる騎手、厩務員、調教師の息遣いが聞こえてくるような気にさせる本です。馬と気持ちをあわせて信頼関係を構築したり、日常の世話のこととか、興味深いシーンも数多くありました。

競馬というものは、途轍も無く奥深い世界なのだと思います。
「優駿」を書いた宮本輝。かつては競馬狂だったそうです。しかし彼はある日、こんなことに気がつきました。
「動物の背中に他人が乗って走っている。勝ち負けなんてわかるはずがない」

私の住まいの近くには、場外馬券売り場があります。歩いても行ける距離なので、競馬新聞を手にした人をよく見かけます。そういう人たちを見るたびに、宮本輝のさきほどの言葉を思います。他人の考えてることがわかるわけがない。まして動物の考えてることなんか、わかるわけがありません。

「ジョッキー」を読んで、その思いをますます深くしました。馬券を買う人は、新聞の情報や、過去のデータ、パドックでの様子などをもとに、様々な予想を立てるのでしょう。しかし、馬と騎手の精神状態や、それをとりまく状況は我々には知ることができません。それを承知で投票するのだからこそギャンブルなのでしょうが、私はそんな気にはなれません。
競馬を楽しむのは、小説の中だけにしておきましょう。
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by minami18th | 2005-01-30 14:15 | 砂に足跡